研究ビジョン
カーボンニュートラル社会の実現には、クリーンエネルギーの利用や省エネルギー化に貢献する革新的な材料と技術が求められています。その基盤を築くために、太陽光発電や熱電発電に使われるエネルギー材料の開発、省エネルギー化に不可欠なパワー半導体材料の高品質化や、金属製精練プロセスの高効率化に挑んでいます。材料研究とプロセス研究の融合により、私たちの未来を支える“エネルギーの新しいかたち”を創り出すことを目指しています。
研究の特徴
光学系と加熱系を自作したオリジナル装置を使った“最高1800℃の高温界面のその場観察”を研究に取り入れていることが特徴です。半導体材料の結晶成長や金属製精錬は、通常1000℃を超える高温で行われます。「百聞は一見に如かず」と言うように、見ることは多くを教えてくれるので、高温の界面反応を見ることを通じて巧みに操りたいと考えています。
その場観察の原理は鏡に顔が映るのと同じシンプルなものですが、煌々と光を放つ高温の世界は迫力満点で、思いもよらぬ変化が目まぐるしいスピードで起こります。得られる観察結果に、想像力というスパイスを加え、高温界面現象の解明に挑戦しています。半導体材料の結晶成長、銅製錬プロセスでのガス発生反応などをこれまでに明らかにしました。現象を知り、それを制御する術を提案することで、材料の高品質化や、プロセスの高効率化に繋げたいと考えています。

主な研究テーマ
1. 太陽電池材料 Photovoltaic Materials
硫化スズ(SnS)は太陽電池材料として理想的な物性をもち、さらに希少元素や有害元素を含まないことから、持続可能なエネルギー材料として大きな期待が寄せられています。加えて、二次元的な結晶構造をもち、面内の方向によって特性が大きく異なるというユニークな異方性を有する点も、SnSの魅力です。しかし、その高い潜在能力にもかかわらず、高品質結晶の作製が難しいことが応用に向けた大きな障壁となっていました。
私たちは、独自に開発した液相成長技術により高品質SnS結晶を作製し、世界初となるSnSホモ接合太陽電池の作製に成功しました。現在は、この結晶成長技術を基盤として、電気物性の精密制御や、高効率なデバイスの開発に加え、SnSの強い異方性によって生まれる新たな機能の開拓にも取り組んでいます。
- 最近の論文
- n型SnS薄膜に関する論文:Phys. Rev. Mater., 5 (2021), 125405.
- SnSホモ接合太陽電池に関する論文:Solar RRL, 5 (2021), 2000708.
- 高品質SnS単結晶の作製に関する論文:Cryst. Growth Des., 20 (2020), 5931.


2. 熱電材料 Thermoelectric Materials
産業や日常のあらゆる場面で発生する廃熱は未利用エネルギーとして大量に存在しているため、廃熱を電気へと変換する熱電発電への期待が高まっています。セレン化スズ(SnSe)は、中~高温度域(200~700℃)で非常に高い熱電性能をもつ材料ですが、SnSと同様に高品質な結晶を得ることが難しい点が、応用を阻む大きな課題です。
私たちは、太陽電池材料SnSの研究で培ってきた結晶成長技術を応用し、高品質なSnSe結晶の作製に成功しました。現在は、その強い異方性をもつ熱電特性の評価を進めるとともに、原子レベルでの結晶制御によってさらなる性能向上を目指す新たなアプローチにも挑戦しています。

3. パワー半導体材料 Power Semiconductor Materials
シリコンカーバイド(SiC)は、ワイドギャップ半導体の代表格であり、省エネルギー社会の実現に欠かせない材料です。新幹線や自動車への導入が進む一方、世界的に急増する需要に対して高品質SiC基板の供給が追いついていません。さらにSiCは、結晶成長の教科書でもしばしば取り上げられるように、らせん転位を起点としたスパイラル成長が顕著に現れるなど、結晶成長ダイナミクスの観点からも非常に興味深い材料です。
私たちは、高品質結晶を製造するプロセスとして溶液成長法に着目し、高温の成長界面で起きる現象の解明を通じて、高品質化への指針の確立を目指しています。現在は、1500℃超の成長界面を直接観察できる独自の高温その場観察技術を駆使して界面現象を可視化するとともに、溶媒の物性評価を通じて結晶成長メカニズムの本質に迫っています。
- 最近の論文
- SiC原料の開発に関する論文:Ceram. Int., 51 (2025), 33095. J. Cryst. Growth, 576 (2021), 126382.
- SiCの成長・溶解過程のその場観察に関する論文:ECS Trans., 114 (2024), 3. Materials, 15 (2022), 1796. Metall. Mater. Trans. B, 52 (2021), 2619.
- C, Nなどの熱力学測定・評価に関する論文:J.Cryst. Growth, 619 (2023), 127345. Mater. Trans., 62 (2021), 1519. ISIJ Int., 60 (10) (2020), 2123.
- 溶媒の物性評価に関する論文: J. Chem. Therm., 160 (2021), 106476. J. Cryst. Growth, 541(2020), 125658. J. Cryst. Growth, 518(2019), 73.
- SiCの高速溶液成長に関する論文:J. Cryst. Growth, 549 (2020), 125877.

4. 凝固プロセス Solidification Process
凝固は、金属製錬や3Dプリンタなどあらゆる金属材料の製造において避けて通れない重要なプロセスです。「割れ・偏析・介在物」という三大欠陥を防ぐためには、凝固現象の制御は極めて重要であり、そのためには凝固ダイナミクスの本質的な理解が欠かせません。
私たちは、さまざまな凝固現象を解明するため、モデル材料を用いた蛍光イメージングによる独自のその場観察技術を開発しました。現在は、この手法を活用し、偏析に起因する介在物がいつ・どこで・どのように生成するのか、さらに介在物の移動や凝固界面への捕捉メカニズムの解明に取り組んでいます。
- 最近の論文
- 介在物の生成のその場観察に関する論文:ISIJ Int., 65 (2025), 1153. 鉄と鋼, 111 (2025), 85.
- 蛍光イメージング法の開発に関する論文:ISIJ Int., 65 (2025), 957. 鉄と鋼, 111 (2025), 75.
5. 銅製錬プロセス Copper Smelting Process
銅は私たちの社会を支える重要な材料であり、その製造には硫化物鉱石を原料とする自溶炉製錬が広く用いられています。自溶炉では、精鉱を適切に燃焼させ、わずか1秒の落下時間のなかで溶融スラグ上に到達させる必要があります。しかし、この超高速プロセスは平衡論では捉えきれず、十分に最適化されているとは言えません。製錬プロセスの高効率化のためには、平衡論だけでなく速度論にも基づく理解が不可欠です。
私たちは、この課題に挑むため、独自の高温その場観察技術を活用し、自溶炉内部で生じるマイクロメートルスケールでの高温界面反応の解明に取り組んでいます。
- 最近の論文
- マグネタイト/マット間反応のその場観察に関する論文:J. Sustain. Metall., 9 (2023), 884. Metall. Mater. Trans. B, 52 (2021), 3720.
